• たちばなふみ

終戦の日にあたって

私は、一人ひとりが、あなたが大切にされる政治をと訴えてきました。

これは、戦争の反省のもとにつくられた日本国憲法、個人の尊厳を最大限尊重する、そして二度と戦争しないという憲法を、全面的に実現したい、そのような思いをこめたものです。

私の祖父は中国で終戦をむかえ、生きて日本に帰り、祖母と結婚して母が生まれました。 祖母は終戦当時18歳、戦時中は、今も暮らす大根島でも空襲がありました。 対岸の美保基地が狙われ、数キロしか離れていない大根島にも、爆弾が落とされたのです。 祖母は、「人参畑の陰にとっさに隠れた」と語ってくれました。



年を経ても、自衛隊の訓練機の音に、その時のことをいつも思い出すそうです。

そんな戦争体験を語ってくれる人たちも高齢となり、亡くなられていっています。

大根島でも、戦争に送った子どもを岸壁で待ち続けた奥さんの話、父や兄弟を戦争でなくした方、女学校にあがっても、勤労動員で、縫製工場で働いていたなど。 私は広島の原爆の被害や戦争体験を語りつぐ活動をしてきましたが、身近なお祖母さんたちの戦争体験も受け継いでいかなければと感じています。

母となり、子どもたちにはできるだけ一人一人の個性を生かして、その可能性を花開かせてやりたいと感じています。

子どもたちの将来を考えるとき、その土台は平和でなくてはなりません。


先日の戦争体験を綴る朗読劇で、私は婦人会のおばちゃんのことを一部読みました。 兵隊に出る若者を大きな声で「バンザーイ、バンザーイ」と送り出します。

先日ある番組で、国防婦人会は近隣の子どもが15歳になると、兵隊に出るように説得に歩いたと証言を伝えていました。

何人も近所の子どもたちを戦争に送り、かえってこなかった、自分の孫が生まれて、この孫たちが戦争に行かなくてもよい世の中にしたいと語っておられたとのことです。


先月から大雨被害もあり、その後にやってきた台風 「住み続けられる」まちにしたい  多くの方の共通の願いだと思います。

住み続けられるまちの土台は、平和であること、

そして、気候危機から暮らしを守る災害に強いまち、 そして原発を動かさないということです。


9条改憲をたくらむ菅政権を、今度の選挙でもう終わりにして 本当に命と暮らしをまもる政治を、

みなさんと一緒に実現していきたい そのことを改めて誓う、終戦の日とします。


終戦の日から76年目の今日 今朝は松江市イオン前で 日本共産党県議と市議団が 街角からお訴えしました。

私は上記の内容を省略してお話しをしました。



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